コロナ禍についての考察と今後

最初にこちら読んだほうがきっとスムーズ。
関連;こころね主義の基本「100かゼロはあまり良くない」

偉大なる志村けんさんが亡くなるまでは『中小企業ガー!』『経済ガー!』『お店ガー!ホテルガー!カルチャーガー!』って騒ぎになって、
亡くなられてからは『命ガー!』『外出制限ガー!』って世論が全ブリになってたの、バカすぎるだろ。

両方がっちり考えなきゃだめだろ。命なくして社会も経済も成り立たないのも当然だし、お金がなくなることは死が選ばれる大きな理由づけなってしまうし、経済が壊れたら街全体社会そのものが崩れ滅びて理不尽な不幸も死者は増える。

命を守るにはお金も経済も大切にしなきゃだめだし、経済やお金や社会を守るには命を守らなきゃいけない。

外出なくしてお金を政府に要求するだけじゃだめなんだって。政府はお金無制限に使えるとでも思ってるの?小学校の社会科で習うことだぞ、最低限の義務教育の枠内だぞ。忘れたの?人のふりした猿じゃねーかそんなの。

外出を控えることで精神状態の穏やかさが、それこそ寿命が、もはや即ち命そのものが損なわれるひとが大勢いること知って言ってる?それをフォローする人を想像しているのか?そんな低脳でよく自分は人間だって名乗れるものだな。

一般の医師たちが感染拡大を抑制することを第一目標に据えて主張するのは当然。彼らは命と健康の専門家であって、その意志と正義のもとで動く。そして医療の崩壊をまず懸念する。経済の崩壊とそれによる死者のことはきっと優先思考事項ではない。逆もしかり、経済とか経営の専門家も弁論において命と健康を充分には思慮できない、それ専門の知識ではないから。

専門家会議では「医療面と経済活動面とのバランスをかんがみて、外出を8割減らせばもっともダメージが少ない」としている。
こんなときこそ互いの知識・専門性と立場を尊重してバランスよく思考して導かれた最適解を、ちゃんと理解して共闘していくのが、高度な(笑)民主主義社会のありようなのでは?
人間はどこに消えたの?サルしかいねえじゃないか。もうサルにも失礼だね、彼らには高度な社会性と応用力と記憶力があるから。

政府の対応を嘆き意識高いぶってる者共のなかに、今まで選挙で災害対応や医療福祉の充実や緊急事態への対応力を意識して投票行動とったやつ何%くらいいるんだろうな。おまえが辛辣に批判してるあのダメなリーダー選んでるの、おまえだから。

もちろん外出制限に反論したいわけじゃないし、新型コロナウイルスでたくさんの大切な命が奪われるリスクに無抵抗になれなんて話ではない。
そんなふうに受け取る時点で思考の放棄、やっぱりそれも人の思考力じゃない。

それでもコロナの『収束』とはなんなのかについて、みんなきちんと受容しておく必要がある。ひとりの思考と論ではないから、この領域に対論をぶつけないならその学術と教授を論破してからおいでなさいね。

コロナ禍の収束とは、すなわち感染の封じ込めやウイルスの撲滅ではない。新興の感染症で抗体はなく感染力がしっかりあるのだから、これは不可能。
ただしもちろん感染対策をやめるべきではなく、死者を出さないようにする努力は必要であり続ける。

収束とは『社会が新型コロナを受容する』ということ。
2019年の新型インフルエンザはまったく取り沙汰されないけどあれからずっと未だに流行していて、それらを含めてインフルエンザは年間数千人を殺している。

社会が受容するとはどういうことか。たとえば餅は1年で老若男女200人を殺している。
こんにゃく畑は累計で数人しか殺していないのに、糾弾され発売禁止を繰り返した。
これは誰が何が良いか悪いかではなく、みんなが無意識で『餅で死ぬのは納得だよね』『こんにゃく畑で死ぬなんて納得いかない!』となっているから。
これが社会が受容しているかしていないかの違い。

インフルエンザは社会が受容していて、多くの人は無意識で『感染はなるたけ防がなきゃいけないよね!』『でも防ぎきれはしないし、感染しても責められないよね。』『だから感染しないよう努力をしなきゃないけれど、その予防じたいが多大な負荷やストレスになって大いなるマイナスな反作用を生まない程度にしとこう。』『感染したらしたでちゃんと対策をとらなきゃいけないね。』となっている。毎年インフルエンザの季節に肺が弱った高齢の入院患者さんや初期症状を甘くみた若者がたくさん亡くなっていることは普段は考えもしない。これが『社会が受容している』状態。

ここまで読んで「死ねってことか!」と激昂した人はサルなのでこれからは読まなくていいです。
素直に読みすすめられた人とは語り合いたい。

ここから主張したいこと、というかお願いが3つ。

『ふだんあなたが医療の危機にも福祉施策の至らなさにも無関心なせいでたくさんの困りごとが生まれ命が危険にさらされ奪われているのに、このブームになったときだけあらゆる社会活動より命が最優先されることに、それによる反作用による命の危機の想像を放棄することに、違和感をもってほしい』という願いと、

『これを期に、医療福祉を優先する、経済社会活動を優先する、というそれぞれの主義主張はあってよいしあったほうがいいけれど、ちゃんと思考したうえでのブレない結論を出せる人間であってほしい。そしてそれぞれを尊重して認めあって、医療福祉を優先したうえで経済社会活動が豊かになる、経済社会活動を豊かにしたうえて医療福祉によるフォローにより不運や不幸から救われやすい社会になる、と論理的に段取りを見据えてほしい』という願いと、

『ここまで読んだうえで、感染リスクと感染したあとのリスクの思考と、外出するしないのありようと、国や地域の運営を担うものに自分の立場と知識から何をどう主張すべきかと、自分の周りのサル未満の低能を減らして人間としてのまともな想像と思考と言動ができる人間を増やすための言動、をする同志が増えてほしい』という願いです。

わたしはこれらの考えのもとに、最適解を常にバランスよく考え、弊法人の運営と日常生活活動を工夫して続け、サルを減らし人間を増やすよう努めていくことを誓います。

死者をなるたけ出さないような務めと、コロナ禍による精神障がいへのダメージを手の届く範囲で最小に抑えることを常に実行します。

収束したら、2004年の大学の卒論でテーマとした(←自慢。S先生すすめてくれてありがとう。)ベーシックインカムがようやく流行しはじめたのでその論を普及しこのような禍が起こっても被害を最小に抑えられる社会にできるようベーシックインカムについての論を普及する活動をしていくことと、

関連;【閲覧注意】コロナ禍は防げたはず。2004年の大学卒論テーマがベーシックインカムだった男が語るベーシックインカム。(執筆中)

こんなときに備えられるよう税金の無駄遣いがないよう観察する市民団体をつくって活動していくこと、に着手していきたいです。